スキー
こんにちは☀️
今日1月12日は、
●スキーの日
なぜ1月12日が「スキーの日」なのかというと、
1911(明治44)年1月12日に、
「オーストリアのレルヒ少佐」が、
新潟県の高田陸軍歩兵聯隊の青年将校にスキーの指導を行ったことが由来となっています。
この日にレルヒ少佐によって行われた指導で、
日本人が初めてスキーを体験することとなりました。
スキーの日については、
スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノによって1994(平成6)年に制定された記念日となります。
日本にスキーが伝来したのは、
明治時代の後期である1890年代のことだったとされていますが、
そのころはまだ日本人自体が練習をしたり、
滑るといったことはあまりなかったそうで、
レルヒ少佐による指導が日本のスキー普及の第一歩となりました。
レルヒ少佐は日露戦争で、
帝国ロシアに勝利した日本軍視察のために来日しました。
当時日本は雪上でも歩いて移動することがほとんどだった時代、
レルヒ少佐が雪上を滑るように進む技術に注目した陸軍が教えを請うたそう。
レルヒ少佐がスキー指導を行ったのは、
一本杖スキーと呼ばれるもので、
1本の枝を船をこぐオールのように操り雪上を滑るものでした。
その後の日本では段々とスキーが普及していって、
1923年には第一回全日本スキー選手権大会が開かれることになりました。
現在では両手にストックを握って滑るのが当たり前になっていますが、
スキーが普及されたばかりの頃には片手にしかストックをもたないスタイルと、
両手にストックを持つスタイルがあったそうです。
しかし、
第一回全日本スキー選手権大会では、
両手にスキーストックを持つスタイルの方が圧倒的に成績が良かった事から、
両手にストックを持つスタイルが主流となっていきました。
また、
レルヒ少佐のスキー指導とは別に、
1909(明治42)年に、
富士山麓で指導を含むスキーが行われていたとの記録があるのの、
今日で言うところのスキーと呼べるものだったのか、
その内容は不詳とされています。
しかし、
日本初のスキーやスキー指導に関しては、
個人間で行われていたもの含めて諸説あり、
雪の多い地域では割と各地に当地が日本で初めてスキーが行われた場所や、
スキー発祥の地などが点存しています。
ちなみに、
例年1月12日にレルヒ顕彰会が行われています。
●今回は「スキーの日」にちなんでスキーにまつわる雑学を紹介します。
・スキー場では風邪を引きにくい
スキーをする時には当然厚着をしていきますし、
スキーを滑ることによってたくさんの汗をかきますよね。
スキー場で汗をかいてしまうと、
一気に身体が冷えてしまって風邪をひいてしまいそうなイメージがあるかもしませんが、
スキー場では逆に風邪をひきにくいって知っていましたか?
風邪の菌は温度が低くなればなるほど活動がにぶくなるのですが、
スキー場は寒すぎて風邪の菌が活動するのには過酷な環境になっているのです。
さらに、
風邪などの菌には空気が乾燥している時の方が、
より感染しやすいようになっていますが、
スキー場は湿度が高いことから風邪の菌に感染し辛くなっているのです。
スキー場が山にあることから標高が高く、
平地よりも紫外線が強く降り注いでいる関係で、
滅菌されることも風邪をひきにくくなる要因の一つとなっています。
・スキーは昔は移動手段だった
スキーは最近ではウィンタースポーツとして楽しまれていますが、
実は元々は冬場の移動手段として考案されたものだったんです。
実はスキーが誕生したのはかなり昔だとされていて、
紀元前2500年ごろのスカジナビア半島に残っている壁画には、
スキーを履いた人が狩りを行う姿が描かれているそうです。
このように、
元々は狩人などが雪山や雪道をスムーズに移動するために考案されたものだったんですが、
19世紀中ごろからはノルウェーを発祥としてスポーツとして楽しまれるようになりました。
現在は歩く競技やジャンプ競技、
斜面を滑る競技などがありますが、
これは1860年代にノルウェーのソンドレ・ノルハイム氏によって考案されたものになります。
その後、
スキーがスポーツとして定着してきたことから、1879年にノルウェーのオスロで世界初のスキー大会が開催されることになりました。
●いいにんじんの日
高麗人参が健康に良いことをアピールするために、
株式会社韓国人參公社ジャパンが制定し、
日本記念日協会が認定しました。
日付は、
「いいに1 1 2んじん」の語呂合わせと、
2012年1月12日に同社の設立記念パーティーが開かれたことから1月12日としました。
・高麗人参の豆知識
にんじんの名が付いていますが、
スーパーなどでよく見かけるにんじんはセリ科に分類されているため、
普通の人参と高麗人参は別の植物です。
高麗人参は日本でも古くから薬草として知られており、
元々「人参」と言えば高麗人参の事を指していました。
しかし医学が西洋化したことに伴い、
高麗人参は使われなくなっていったことに加え、
せりにんじんが野菜として広まったため、
現在では人参と言えばセリ科のにんじんを指すようになりました。
と名前が移り変わっていきました。
ちなみに高麗人参は、
「御種人参」(おたねにんじん)、
とも呼ばれています。
●成人の日
かつて日本での「成人の日」は、
1月15日と決まっていましたが、
現在では「成人の日」は1月第2月曜日と定められています。
このため、
年によって日にちは異なることとなります。
2004年、2009年、2015年などでの成人の日は、
1月12日でした。
・1月12日は何があった日?
●鹿児島県の桜島で史上最大の大噴火
1914(大正3)年1月12日、
鹿児島県にある桜島で史上最大級の大噴火となった
大正大噴火が発生。
その後噴火活動は2月上旬までの約1ヶ月弱も続き頻繁に爆発が繰り返され、
多量の溶岩が流出しました。
一連の噴火によって死者58名を出しました。
噴火活動は2月上旬までの約1ヶ月弱も続きました。
その影響で大量の、
火山流
溶岩
火山灰
などが噴出し、
桜島から飛んできた火山灰が約45cmも積もったと言われています。
また、
火山灰は九州から東北地方に及ぶ各地で観測され、軽石などを含む降下物は東京ドーム約1600個分の約32億トンに達しました。
あまりにも大量の火山灰や溶岩が噴出したことで、
幅 :約450m
深さ:約70m
あった海峡が埋まり、対岸の大隅半島と陸続きとなりました。
そのときに堆積した溶岩は、現在溶岩なぎさ遊歩道
として残っており、当時の様子を実際に伺い知ることができます。
・溶岩なぎさ遊歩道
大正大噴火で堆積した溶岩流の一部を整備した遊歩道。
全長約3kmの海沿いを歩く散策コースは桜島・錦江湾ジオパークのジオサイトに指定されている他、
「日本の遊歩道百選」
にも選ばれています。
また、
溶岩なぎさ遊歩道の他にも、
「鳥島展望所」
「有村溶岩展望所」
「黒神埋没鳥居」
など大正大噴火を今日に伝える場所が残っており、
多くの文豪や詩人たちも訪れ句を残しています。
最後まで読んで頂きありがとうございます🙏