barikatuoの日記

日常の出来事や記念日と雑学、豆知識、趣味の釣りや食べ物(特にラーメン)をつぶやいていきます。よろしくお願いします。

東京駅完成記念日

こんにちは☀️

 

 

今日12月18日は、

 

 

国際移民デー

 

 

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2000年(平成12年)の国連総会で制定。

 

国際デーの一つ。

「国際移住者デー」

ともされます。

 

英語表記は「International Migrants Day」。

 

1990年(平成2年)のこの日、

国連総会で、

「すべての移民労働者とその家族に人権保護に関する国際条約」

が採択されたことにちなんで、

記念日に制定された国際デーのひとつ。

 

グローバリゼーションの進展した現代において、

移民は世界中で見られ、

移住先で搾取・差別・暴力を受けているという現実を知ってもらうとともに、

持続可能な開発を進め、

移民を含むすべての人間が尊厳を確保できるようにすることを目的としています。

 

この日にはシンポジウムなどのイベントが開催されます。

 

近年、

移住は世界中でますます注目を集めています。

 

国際移住に関する問題や課題には、

国や地域間の協力と集団行動の強化が必要です。

 

国連は、

この分野で積極的に活動を行い、

国や地域内でより多くの対話や、

情報・経験の交換が行われる機会を推進しています。

 

 

ナボナの日(12月18日 記念日)

 

 

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東京都目黒区自由が丘に本社を置き、

ナボナ」(Navona)

などの洋菓子・和菓子の製造・販売を手がける株式会社亀屋万年堂が制定しました。


1938年(昭和13年)12月18日に創業したことにちなんで、

同社が記念日に制定しています。

 

元巨人軍の王貞治選手が出演した、

ナボナはお菓子のホームラン王です」

のCMで知られる「ナボナ」は、

ロングセラーとなる同社の看板商品です。

 

記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されました。

 

ナボナ」が誕生したきっかけは、

亀屋万年堂の創業者でもある引地末治が、

イタリア・ローマで見たお菓子祭りでした。

 

大勢の市民が参加し、

子どもたちが思い思いにお菓子を楽しんでいる光景に、

心をうたれ、

和菓子の感性を活かしながら、

洋菓子の楽しさにあふれたお菓子を創れないものかと考え、

どら焼きの形をした洋菓子「ナボナ」が誕生しました。

 

また、

お菓子の名前は感動の原点となったナヴォーナ(NAVONA)広場から付けられたそうです。

 

 

・12月18日は何があった日?

 


●東京駅が完成

 

 

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なぜ12月18日が「東京駅完成記念日」なのかというと、

1914(大正3)年12月18日に東京駅の完成式が行われたことが由来となっています。

実は東京駅の建設計画については1889(明治22)年から行われていました。


その当時に、

神戸まで全通した官設鉄道の新橋駅と、

私鉄である日本鉄道の上野駅を結ぶ高架鉄道の建設が計画されていたのですが、

資金不足や日露戦争などで中断されていました。

 

この新線の途中に中央停車場を建設することが立案され、

これが東京駅となったのです。

1896(明治29)年にこの計画が可決されて以来、

日清戦争日露戦争による影響がによって建設工事が遅れてしまいましたが、

1908(明治41)年からは建設工事が本格化し、

6年の歳月と280万円の費用をかけて完成し、

駅名は「東京駅」と名付けられました。


そして元々は「中央停車場」とされていたものが、

皇居の正面に建設されたことから「東京駅」と名付けられたのです。

1914年12月18日に完成式が行われて、

実際に開業したのは2日後である12月20日のことでした。


1923年には関東大震災による被災がありましたが、

奇跡的に大きな被害を受けることはなく、

その後も東京駅を中心として日本の鉄道は順調に発展していきました。

 

東京駅の位置は、

江戸時代からの繁華街である京橋側ではなく、

建設当時はまだ野原であった丸の内側に建設されました。

 

この場所は皇居の正面にあたり、

丸の内口の中央に皇室専用の貴賓出入口が設けられました。

 

完成式が行われた2日後の1914年(大正3年)12月20日に開業し、

東海道本線の起点が新橋駅から移されました。

 

赤レンガ造りの丸の内口駅舎は、

建築家・辰野金吾(たつの きんご、1854~1919年)らが設計したもので、

2003年(平成15年)に国の重要文化財に指定されました。

 

東京駅は「関東の駅百選」認定駅でもあります。

 

近年、

赤レンガの丸の内駅舎を創建当初の本来の姿に近い形態に復原する工事が行われました。

 

2007年(平成19年)5月30日に復原工事が開始され、

約500億円という費用をかけて、

2012年(平成24年)10月1日に完成しました。

 

2014年(平成26年)12月20日に、

東京駅は開業100周年を迎えました。

 

これを記念してJR東日本から、

記念Suica(スイカ)が発売されました。

 

当初、

限定1万5000枚の予定でしたが

希望者が殺到して大混乱となり、

結局は希望者全員に販売されました。

 

その販売総数は約427万枚に上りました。

 

2024年(令和6年)に刷新される予定の新一万円札の裏面には、

丸の内駅舎が描かれます。

 

鉄道駅が紙幣にデザインされるのは初めてとのことです。

 

 

東京湾アクアラインが開通

 

 

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1997(平成9)年12月18日、

神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ自動車専用有料道路、

東京湾アクアライン
が開通しました。

 

東京湾アクアラインは、

調査に約20年、

建設に約10年を要し、

1997年12月18日に開通しました。


その建設は、

設計から施工まで当時の最先端の技術とノウハウを集結し、

数多くの新技術・新工法が開発・実用化され、

「土木のアポロ計画

とも呼ばれました。

 

また、

海底の軟弱地盤、

風や潮または地震等の自然条件、

東京湾内の船舶の航行、

環境保全など多くの困難を乗り越えて完成しました。

 

東京湾アクアライン

正式名称
東京湾横断道路
全長
:15.1km
線番
:CA
起点
:神奈川県川崎市川崎区
終点
:千葉県木更津市
道路法上は

 
一般国道409号内
とされおり、

細かくは、

東京湾アクアライン
:川崎浮島JCT〜木更津金田IC
東京湾アクアライン連絡道
:木更津金田IC〜木更津JCT
と別れております。

 

東京湾アクアラインが出来る前は、

千葉・木更津や神奈川・横浜の各工業地帯を結ぶルートが乏しく、

特に、

東京・羽田〜千葉・木更津以南までのアクセスには東京湾を迂回しなければなりませんでした。

 

が、東京湾の中央付近をほぼ直線に横断するよう完成した東京湾アクアラインのおかげで、

移動距離
移動時間
移動コスト
など圧倒的な短縮効果をもたらしております。


ちなみに、

神奈川・川崎側から人工島パーキングエリアの 

海ほたるまでは、

主に海底道路となっている他、

海ほたるPA内では川崎、

木更津両方向共にそれぞれUターンが可能と観光面での配慮もされた構造になっています。

 

東京湾アクアラインの構造

 

 

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東京湾アクアラインは、

日本初となる海上の休憩施設

「海ほたる」

をはさみ、

川崎側約10kmが海底トンネル(アクアトンネル)、

木更津側約5kmが橋りょう(アクアブリッジ)です。


さらに、

海底トンネルの中央部には、

トンネル換気施設を有する人工島

風の塔

があり、

川崎側のトンネル入口部には、

ピラミッド型をした浮島換気所があります。


また、

木更津側に料金所があります。

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございます🙏